いまだに影響の大きいコロナ禍ですが、制限・自粛一辺倒の対応から「コロナ禍でもできるだけ通常通り経済活動を行おう」という、いわゆるwithコロナへとシフトが進んでいます。
労働人口の減少・高齢化、度重なる法改正、そしてコロナ禍と様々な要素からの影響を受けて、派遣業界は今後どのように成長していくのか?

今回は、弊社代表取締役・田形がランスタッド執行役員の青木 秀登様に過去に携わられた法改正や制度設計の背景、今後の派遣業界の展望などのお話を伺いました。その内容を掲載します。

※以降、敬称略

自分自身のキャリアについてしっかりと考える時間を設ける方が、派遣スタッフ個人のキャリア形成支援に役立つと考えています

田形:

ランスタッド社の執行役員であり日本BPO協会の理事長に就任された青木様からお話を伺えるのを楽しみにしておりました。本日はよろしくお願いいたします。

まず、珍しい部署名だと感じたのですが、青木様が本部長を務める「パブリックアフェアーズ本部」の役割について教えて下さい。

青木:

パブリックアフェアーズ本部は、人材サービス業界が社会によりいっそう評価され、よりよい業界を形づくるための活動をする部署で、業界団体などを通じて、適正な規制と業界の環境整備を目指して国や業界レベルへの働きかけを行っています。当社は、世界各国にパブリックアフェアーズの担当者を配置しており、この組織の活動を通じて労働市場に関係する人々と広く深い関係構築を進めています。

田形:

青木様は人材サービス産業協議会の理事でもあり、派遣法を審議する労働政策審議会のオブザーバー、優良派遣事業者認定制度の検討や制定に業界代表委員として携わってこられました。派遣業界の法律や制度に誰よりも深く関わってこられた方だと思います。本日は青木様の視点やご経験からこれまでの派遣業界、そしてこれからの派遣業界についてお話を伺えればと思います。

私は派遣業界が企業重視から個人重視へと大きくシフトしてきていると感じており、業界のバージョンが変わるという意味で「派遣2.0」と呼んでいます。この流れを決定的にしたのが2015年の労働者派遣法(以下、派遣法)の改正だと考えておりますが、青木様はこの派遣法の改正に尽力された一人であり、「派遣2.0」の流れを作った方であると思っております。まず、このあたりのお話から聞かせていただけますでしょうか。

青木:

ご存知の通り、2015年の派遣法の見直しは、政令26業務や業務単位での期間制限を廃止して、個人単位への期間制限や許可制への一本化など大改正を行ないました。個人重視へのシフトであればキャリア形成支援として、派遣スタッフへの計画的な教育訓練とキャリアコンサルティングが派遣会社に義務づけられたのも大きな変更点でした。ただ、このキャリア形成支援の2項目に関しては改正内容に心残りがあります。現在は派遣スタッフへの「教育訓練の義務化」という部分において各派遣会社が法対応として年間8時間以上の計画的な教育訓練体制を整えているかと思いますが、個人としてはそのような法改正ではなく、「年に数回のキャリアコンサルティングの実施」こそが必要だと考えていました。

 田形:

「教育訓練よりも、キャリアコンサルティングの方が重要だ。」ということでしょうか?

 青木:

教育訓練もキャリア形成支援として重要だとは思いますが、それ以上に、自分自身のキャリアについてしっかりと考える時間を設ける方が、派遣スタッフ個人のキャリア形成支援に役立つと考えています。

青木 秀登(あおき ひでと)
ランスタッド株式会社 執行役員
パブリックアフェアーズ本部長

義務だからと受けてもらう年間8時間以上の教育訓練よりも、自分自身の仕事も生き方も含めたキャリアについて、立ち止まってアドバイスをもらいながら考えるキャリアコンサルティングの機会を、例えば年に数回持ち、その上で必要に応じた教育訓練を受ける方が、派遣スタッフのキャリア形成支援になると思っています。残念ながら2015年の派遣法改正では教育訓練が優先されましたが、今でもこの考えは変わっていません。これは私自身が派遣スタッフとして働いていた経験からも言えることです。

3年を越えて同じ派遣先で就業するのであれば、派遣会社が無期雇用するという形で、安定した雇用形態で働けるように尽力しました

田形:

青木様が元々派遣スタッフとして働いていたことは初めて知りました。2015年の派遣法改正でいうと、「政令26業務の廃止」も派遣業界に大きなインパクトがありました。

 青木:

はい、どうしても政令26業務を廃止にしたいという強い思いがありました。政令26業務があった時代に派遣会社の営業をされていた方なら分かるかと思いますが、専門26業務適正化プラン(長妻プラン)によって、昨日まで行政がOKとしていた業務が、突然、禁止になったり、政令26業務とそれ以外の業務の区別がわかりづらく、法律の条文を守っていても指導される可能性を秘めている悩ましい状況が続きました。私を含めた関係者はこの状況をなんとか変えたかった。

田形:

私も当時、派遣会社の現場で営業をしておりましたので、当時の混乱ぶりをよくおぼえています。派遣スタッフの方が気を利かせて対応してくれており、派遣先も感謝してくれていたような仕事を派遣契約上制限しなければいけない、なんてこともありました。個人のキャリアの可能性を広げるという意味でも、政令26業務の廃止についてはポジティブに捉えたことを覚えています。

青木:

そうですよね。

それからもう一つ、政令26業務の仕事を行っている派遣スタッフの中には、10年以上も同じ派遣先で期間契約を繰り返し就業し続けている方もいました。そのような派遣スタッフには、期間契約の更新を気にしないで働ける無期雇用契約にしてあげたいと感じていました。そのため、派遣法の改正により、同一の組織単位における同一の派遣スタッフの継続した受入は上限3年という区切りを設けることによって、改めて自身のキャリアを考えるきっかけにしてほしいと考えました。派遣先に直接雇用を希望しても良いでしょうし、もちろん、別の派遣先や別の職種にチャレンジすることもできます。引き続き同じ派遣先で派遣スタッフとして就業したいという方がいても良いと思っています。ただ3年を越えて同じ派遣先で就業するのであれば、派遣会社が無期雇用するという形で、安定した雇用形態で働けるように尽力しました

余談ですが、労働契約法では5年で無期転換権が発生しますが、世界的にみて5年というのは長い方です。その点、労働契約法の5年よりも短い「3年」というタイミングで派遣法が無期雇用契約のきっかけを提供できるようになったというのは意味のある改正であったと認識しています。

田形 正広(たがた まさひろ)
Life Ship株式会社 代表取締役

田形:

「今の仕事の契約が安定して長く続いているからそれでよい」ということではなく、派遣スタッフの方々の職業人生全体を考えて接するということが重要ですよね。自分のキャリアや人生を深く考えていない方に対しては会社が「本当にこのままでいいのか?」という問いかけをする、考えたくても時間や余裕がなかったり、人と対話することによって考えが深まるという人もいます。派遣契約の無期化により双方の責任が増すことで、派遣会社と派遣スタッフの関係もよりよいものに進化していくと思います。

青木:

2020年派遣法へのいわゆる同一労働同一賃金の導入により、派遣スタッフの給与が上がる仕組みのベースが整いましたが、この流れも今後ますます進んでいくと思います。派遣業界の変化を「派遣2.0」という言葉で表しているというお話がありましたが、私はこれから数年で派遣業界の変化はさらに加速するとみています。先日閣議決定された骨太の方針や三位一体の労働市場改革の指針の中には「職務給の導入」や「成長分野への労働移動の円滑化」などが入り、「能力向上支援」も企業経由から個人への支援を強化するという方針が掲げられています。今後は正社員領域も含めた労働マーケットが大きく変わっていく中で、派遣業界の変化は正社員領域に先行して進んでいくと思います。

派遣スタッフの処遇向上は派遣会社としての責務だと思っています

田形:

派遣に関わらず、正社員含めて変わっていく流れになっていくということですね。最近の国のメッセージをみて「キャリアやお金に関して、個人のオーナーシップが一層強く求められている」と私も感じています。

給与という部分でお聞きしたいのですが、派遣スタッフの処遇改善のための請求交渉には取り組んでいらっしゃいますか?

青木:

もちろん積極的に行っています。契約更新や業務内容の追加や変更の際だけでなく、業務の熟練度によってパフォーマンスは変わりますので、そういった観点からも定期的に請求交渉を行っております。いわゆる同一労働同一賃金の待遇に関する指針にも、職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を公正に評価し、賃金を決定しなければならない旨が記載されています。派遣スタッフの処遇向上は派遣会社としての責務だと思っています。

田形:

法改正にも深く関わってこられた青木様から聞くと理解が深まります。

青木様は優良派遣事業者認定制度の設計にも尽力されたと伺いました。優良認定基準の81のチェック項目のうち、約半分が派遣スタッフに関する項目になっており、派遣先に関する項目の倍の数を派遣スタッフのための項目が占めていますね。

青木:

元々、優良派遣事業者認定は厚生労働省の委託事業として「優良な派遣会社を認定し推奨する制度」です。ですので、労働者保護の観点から派遣スタッフの方が安心して働けるサービスを提供できているかどうかという点において、もっとも項目が多くなるのは自然なことで、優良派遣事業者認定はまさに派遣スタッフのことを考えて作られた制度です。

最後の最後は「人」であり、人材ビジネスで肝心なのは「人」であるというのは、グローバルも含めて揺るがない弊社の考えです

田形:

そうだったのですね。我々のビジネスの本質からすれば当然のことかもしれませんが、スタッフファーストを実現することで、そのまま派遣会社の業績向上にもつながるような設計がなされているとも感じています。私自身は2021年にこの制度の詳細を学んだのですが、営業の観点からもとても効果的な項目が網羅されていると感心しました。

少し話は変わりますが、御社のオフィスの壁に大きく描かれた「human forward」というブランドプロミスが目をひきました。こちらにはどういった意味があるのでしょうか。DXとしてテクノロジーの活用を掲げる企業が多い中で、あえて「人」を全面に押し出すメッセージングがとても印象的です。

青木:

テクノロジーの活用は当然弊社も積極的に進めていますが、「human forward」つまり「人を前に進めるための」テクノロジーだと思っています。弊社内には「Tech. & Touch (テック&タッチ)」という言葉もあり、テクノロジーで生み出す余力や時間を人の心を動かす人間らしい対応にあてる、というのが弊社の方針です。最後の最後は「人」であり、人材ビジネスで肝心なのは「人」であるというのは、グローバルも含めて揺るがない弊社の考えです。

田形:

素晴らしいですね。人材ビジネスこそ人間らしいサービスを提供すべきと考える私にとって、とても強く共感できるメッセージです。最後になりますが、青木様にとって「派遣スタッフとは」なんでしょうか?

青木:

難しい質問ですね。派遣スタッフというのは、私にとっては「原点」ですね。
私は20代前半にこの会社で日雇派遣で働いていたことをきっかけに入社しました。ですから、自分自身が派遣スタッフでなければ、今この会社にいないですし、今のこの仕事もやっていません。つまり、派遣という働き方がなければ、今の自分は存在していなかったといえます。なので、私は派遣業界の代表として活動する際には、いつも派遣スタッフの代表でもあるという気持ちを忘れずに仕事をしています。これからも派遣スタッフという「原点」を忘れずに、関係する皆さまと力をあわせて社会によりいっそう評価されるより良い業界にしていきたいと思っています。

田形:

青木様のような方が、今のお立場で、今のお仕事をされていることを知り、派遣業界の未来に希望がもてました。本日はありがとうございました!